月夜見   
“月に雁”
      
*TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  



 結構な人の数があふれていて、そりゃあ活気あふれてにぎやかに栄えているご城下に、何ともお元気、その暴れっぷりがちょいと派手めな捕り物で有名な、岡っ引きの親分さんがいた。その名もモンキィ・D・ルフィといって、まだまだ子供の延長みたいにお若くて屈託のない親分さんだが、いざ悪党を前にすると、そりゃあもう凄まじい腕っ節にて何十人でもあっと言う間に平らげてしまう凄腕で。しかも、物の道理の基本というか、人情味あふれる捕り物をなさることから、駆け出しと言ってもいいほどの若さながら、町の人々からも慕われている、評判の親分さんだ。
 ところで、余計なお世話の注釈を入れるなら。岡っ引きというのは、現在でいうところの警察官や巡査のことではありません。政府の機関内の奉行所が正式に抱えているのは与力とその下の同心までで、十手を預かる親分さんってのは、正確には同心の旦那方がポケットマネーで雇っている、言わば非常勤の捕り方、若しくは情報屋みたいなもんでした。よって、お侍さんじゃあないのに役人のような鷹揚な振る舞いをするのは実は筋が通らない。起きたばかりの事件に於ける、容疑の濃厚な人間のお調べならいざ知らず、お詮議の筋だなんてだけの言いようで、特に怪しいところのない人を強引に番屋まで引っ立てていっての取り調べなんてもの、勝手に手掛けていいという資格まではホントを言うと持ってなかったんですねぇ。十手も本来は懐ろの奥深くに隠して持ってたそうです。身分がバレちゃうと情報集めが出来ませんからね。住んでる地域で顔の利く存在がその任に就くことが多かったので、義理人情に厚い親分さんだったりすりゃあ、泣かせるお話が伝わってたりもする訳ですが。その逆もさぞかし多かったことでしょうなぁ…。

 余談はともかく。事件の渦中にあって奔走中だったり、いよいよの捕り物の真っ最中という場合を除いて、ルフィ親分が大概はここで腰を据えてると言っても過言じゃあないのが、めし処“かざぐるま”で。今日も今日とていつもの席で、定食と丼ものと、具のいっぱい乗っかったおかめうどんとを調子よく平らげてから、おもむろに“はぁ〜あ”なんて溜息をついていたりして。
「どしたの?ルフィ親分。浮かない顔してさ。」
「難しい事件かい?」
 お気楽な楽天主義者で“考えるよか行動”派で通ってる親分なので、ちょいとやり過ぎての暴走も多々やらかすものの。これでも時には、絶妙な勘が冴えての“大物一本釣り”を敢行しちゃうこともあり。よって、目に余る失敗やら暴れ過ぎなんてな迷捕り物をやらかしても、それと相殺してあまりあるお手柄も立てているということで、結果、お勤めしている南町奉行の皆様からはお覚えもいい…という順番になっている、何ともややこしいお人であり、
「手柄立ててくれるんならいくらだって知恵くらい貸しますよん?」
 いつもだったら二言目には“ツケ払って”と眉を吊り上げてる女将のナミが、妙な猫なで声を掛けていて。
「ナミ?」
「…ナミさん?」
 それは一体どういう風の吹き回しだと、ルフィのみならず、板前のサンジまでもがギョッとして、ついつい男二人でひしと抱き合ってしまったものの、
「だってそれでご褒美が出れば、ウチのツケ、少しでも返してもらえるんだろうしさ。」
 ああ、何だなんだ、そうだったですか。あ、こら、気持ち悪いから離れろよ。何だよ、サンジの方から先に抱き着いて来たんだぞ。だあ、やめろ、そんな気持ちの悪いこと活字にすんな…などなどと。相変わらずの脱線ぶりをご披露してから、

  「う〜ん。実は気になる奴がいてさ。」

 ルフィ親分、目許を眇めて鹿爪らしいお顔になり。そんなことをば口にする。他にはお客もいない昼下がり。
「気になる奴?」
 カウンター…もとえ、配膳台の縁へと凭れて煙管をふかしているサンジが訊き返すと、
「ああ」
 それは素直にこっくりこと頷いてから、
「いつぞやのビビ姫の騒動ん時に助太刀してくれた坊様なんだけどもよ。」
「ああ、あの。」
 あのややこしい修羅場に、そいや居たなあ、そんなのが、と。こちらも何となくで覚えていたらしきサンジが相槌を打ったところへ、
「あれからも、色んな事件の現場へ駆けつけるたんびに、姿見かけるんだよな。」

  ――― え?

 くどいようだが、このルフィは岡っ引きの親分さんである。よって、犯罪の匂いがするところを“現場”としている訳であり、
「それって、怪しい奴だってこと?」
 そんな場所でしょっちゅう出喰わすということは、気になるどころの話ではないのではなかろうかと、今更ながら、話への構え方を改める“かざぐるま”のお二人であり、
「やっぱ怪しいのかなぁ。」
「そうよ。あんたも、だから気になってんじゃないの?」
 何たって岡っ引きなんだしさと、選りにも選ってナミさんから言われて、
「…そっかな。そうなのかなぁ。」
 なんて言って、う〜んなんて考えあぐねている頼りなさ。自分の身への危機意識が薄いのは、腕っ節に自信があってのことでもあろうが、
「そんな本格的なのは、ご公儀の役人とか本職の目明かしに任せなさいよ。」
「そうだよ、危ないって。」
「おいおい、俺だって目明かしの岡っ引きだっての。」


  ――― お後がよろしいようでvv





            ◇



 これで“ちゃんちゃん♪”と、幕を引いて終わっていては世話はない。ご公儀といえばで、
『もしかしてもしかすると、ご公儀の隠密とかお庭番かも知れないわね。』
『あんみつ?』
『…言うと思った。』
 やっぱり思われてたか。
(笑) じゃあなくて。
『将軍様とか帝とか、正にこの国のトップにある御方からの直々の勅命で動く“お傍衆”の中でも、特に諜報活動を手掛ける面子のことで。表立って身分を隠したまま、地方の藩主の動向を探ったり、怪しい組織がうごめいてるという噂を確かめに行ったりするの。』
 身分を明かさないのは相手の警戒を避けてともう一つ、将軍様の思し召しとはいえ、ご政道というものを進める上での一応の仕組みが幕府にはあるのを、すこ〜んっと無視するのは、あんまり善ろしいとは言い難い手順だからで。治政にあたってる諸機関を信用しとらんと、公言することに通じてしまうから。まま、そもそも信用していればそんなものをわざわざ将軍様が野に放ったりはしないので、なんともな〜というところではあるのだが。(うにゃむにゃ…)
『気が短い将軍様なんだな〜。』
『…全部の人がそれで済んでりゃ世話はないんだけどもね。』
 いかにもな感慨を零したルフィへナミさんがツッコミを入れる、相変わらずの脱線はともかく。あの坊様がもしも、その“隠密”だとしたら。
“じゃあ、ますますのこと、俺自身とは直接関係ないんじゃんか。”
 自分はそんなご大層な人が探るような存在じゃあない。幕府を引っ繰り返すなんてな企みを練りそうな組織とか思想犯関係者にも今んとこは関わりはないし、ご禁制の異端の宗教にも蘭学にも関心はない。第一、そんなややこしいものらは、理解という点でまず“判らない”のだから縁の結びようがない。なので、

  “そんなんでの関わりじゃあねぇ、よなぁ…?”

 だったら困ると言いたげな。だということは…? おやおやぁ?

  「………。///////

 ナミやサンジには話してないが、実を言うと。捕り物の現場で姿を見かけるって事をだけ、気に留めてるって訳じゃあない。捕り物でも重宝しているところの、ルフィがその身に備えたゴムゴムの能力は、悪魔の実という南蛮渡りらしい怪しの実を食べたことで授かった力なのだが、これには困った欠点があり。簡単に言えば水に弱い。ちょろっと引っかけられるくらいはどうということもないし、飲む分には問題ないのだが、風呂や天水桶、タライなんぞに溜めた水へと嵌まると、どういう作用か体から力が抜ける。川や池なんぞに落ちた日にゃ、全身から力が抜けてって、そのまま抵抗も出来ずに底へと引きずり込まれて溺れてしまうという、何とも恐ろしい呪いがかけられており、
『おいっ! 大丈夫かっ!』
 大人数相手の捕り物の最中に、足元暗がりでお堀へと落ちた。手下のウソップも連れてはおらずの単独行。しまった溺れると血の気が引いたそんな身を、ぐいと力強く引き上げてくれた手があって、
『…あ。』
 まだまだ水も冷たきゃ、微妙に泥の浅瀬のその奥で、あたりはそりゃあぬかるんでいたのにね。濡れることも汚れることも厭わずに、引っ張り上げてくれた人。
『しっかりしねい、親分。』
『えと、おうっ。』
 何が何やら。まま、助かったなら捕り物の続きだと、自分を突き飛ばしやがった憎っくき こそ泥一味を一網打尽に捕まえて、
『おい、あんた。』
 助かったよと改めて礼を言おうと思ったところが、
“もう何処にもいなくてサ。”
 泥だらけのまま姿を消してたお坊様。後から同心の旦那と一緒に駆けつけたウソップも、そんな人は見なかったと言うしで、
『???』
 まさにキツネにつままれたみたいな気分になった。そして、それから1カ月も経たぬうち、今度は抜け荷の疑いが濃厚な回船問屋への突撃の現場にて、妙に侍が多かった危険な修羅場へ、
『おう、またあんたか。』
 働きもんだなと、豪快に評してくれたそれは精悍な笑顔も凛々しいお坊様。白刃ひらめく真っ只中で、時に背中同士を合わせ合っての協力態勢。数十人は居た浪人崩れの一団を、たった二人の殴る蹴るにてからげてしまい、
『…あれれぇ?』
 片付いたぞと振り向けば、やっぱり相手は何処にもいない。危ないところにいつも来合わせて、そいでもっていつも助けてくれる人。

  “これって…さ。///////

 それって…?
「ストーカーか疫病神なんじゃあないの?」
「うわ、びっくりっ!」
 心臓ごと“どきーんっ”とその場から跳ね上がった親分さんへ、
「こんばんわ、ゴムゴムの親分さん。」
 にっこり笑って見せたのは、確か…以前どっかで見かけたことのある別嬪さん。つやつやの黒い髪を腰まで長く伸ばしており、目許や表情にあふれる大人っぽい色気を、されど冴えた知性にてきりりと引き締めた、なかなかに結構な品格漂う麗しいお人であり、
「なななな、何が疫病神だって?」
「だから、危ない目に遭うときに限って居合わせる、何とかっていうお坊様のこと。」
「何で知ってる。」
 お顔を真っ赤にして問い返せば、お姉さんは頬杖ついて“うふふvv”と笑い、
「だって。親分さん、地声が大きいから。」
「あ。/////////
 宵闇迫るお寺の境内。誰も居ないことをいいことにと、ぼんやり惚けての考え事をしていたものが、胸の中での独り言のつもりが、いつの間にやら声に出ていたらしくって。さすがに照れてか、
「〜〜〜〜〜。////////
 ますます茹だったみたいに真っ赤になったルフィだったものの、そのまま囃し立てるでもなく、お姉さんに邪気が無さそうなのを見て取ると、はあと溜息を一つつく。
「そうなんかな、やっぱ。」
「? 何が?」
「だから…。////////
 尚のこと照れてのことか言葉を濁す親分へ、お姉さんにもああと合点がいって、
「疫病神は言いすぎかも知れないけれど、そうね。危ない無鉄砲はやめなさいって、あなたへの諌めにと、誰かから遣わされてる人なのかも知れなくてよ?」
 危ない無鉄砲? キョトンとするお顔の、あまりの無警戒な幼さに、
“あらあら、そこへと反応するの?”
 黒髪の美人なお姉さんは、いかにも楽しそうにくすくすと笑いながら、
「親分さんは確証もないままに突っ走ることが多いそうじゃないの。先だってもそれが行き過ぎだってことから、北町奉行所のお偉い人に、町からの追放なんていう重い罰を言い渡されるとこだったとか。」
「う…。」
 いや、あれは…。向こうだって勘違いをしていたぞと言いかかったのへ、
「あれは向こうも詰めが甘かったけれど、あんなものじゃあない海千山千のくせ者は、色んなところにわんさかいるわ。」
 そうと言いつのったお姉様、
「人を困らせる悪党が許せないというのは善い心掛けだけれども、あなたが罰を受けたり追放されたりしたら、悲しむ人だっているってこと。少しは自覚しなくちゃね?」
 やさしい諭しへ、
「お、おう。」
 反省にしては元気よく、うんと頷いた親分さんへ。謎のお姉様、それは艶やかに笑ってくれて、

  「これは善い子でお返事出来たご褒美。」

 懐ろから取り出した、南蛮渡りの蒸しまんじゅうを、5つもくれたのでありました。






            ◇



 宵が深まると、さしもの温暖なこのご城下でも結構な冷え込みがやって来る。川辺の小屋には明かりこそ灯されていなかったものの、そこは月明かりで十分ということか。七輪に炭を起こしての鍋をかけ、もうもうと立ちのぼる湯気の中、何か食べてる人影があり、
「いいのかしら。お坊様が猪鍋なんて食べてて。」
「放っておけよ。」
 ちゃんと供養の手は合わせたし、第一、
「俺は僧籍のある正式な坊主じゃないんだし。」
 僧侶や尼、巫女に神主。そういった宗教関係者は案外と、手形がなくとも通過出来るよな規制の甘い地方が多い。ありがたい教えを説く尊いお方だからという建前の下、大きな組織に楯突いての厄介ごとが生じるのが面倒だからというのが本音。そこでと、適当に頭を丸めて僧侶の恰好をする似非ものも少なくはなく、どうやらこの彼もそのクチであるらしいのだが、

  「ルフィ親分。やっぱりあなたのことを気に掛けてたみたいよ?」
  「ほほぉ?」

 おやおや。そんな会話になるところから察するに、声を掛けた女性の側は、さっき親分さんへと話しかけていた、怪しい黒髪のお姉様でるらしく。そしてそして、そのお相手は、短く刈った緑の髪に、いかにもな修験者といういで立ちの人物で。
「向こうさんは何にも知らないみたいじゃないの。」
「まあ、そうだろな。」
 こっちだとて、その正体がそうそう簡単にバレちゃあ困ると、口許を片側だけ引っ張り上げて、いかにも悪そうに笑って見せる彼こそは。ルフィが気に止めていたお坊様、その人ではありませんか。
「何しろ無鉄砲な親分さんだからよ、こっちだって困ってんだ。」
 ルフィがこそ泥を追っかけて飛び込んで来たのは、こっちの彼が御禁制のアヘンの取引現場を見張っていた、丁度その傍らでのこと。場を騒がせてくれたそのおまけ、こそ泥たちの盗んだものと勘違いして、アヘンの荷の上へと脚かけて、手めぇら観念しろと来た日にゃあ…ホンボシの連中もさぞかし困ったことだろう。それを奉行所の捕り方に引き渡せるんなら、こっちもそっから先は彼らに任せて白日の下にお調べを進めてもらえると切り替えて、親分の孤軍奮闘を手助けした彼であり。
“もう一件の方だって。”
 抜け荷の疑いをかけて飛び込んで来た店では、実は…そんなもんじゃあ収まらない、異国へのご婦人の売買なんていうご法度中のご法度破りをやらかしてたのを、この彼が追っかけていたその只中だったもんだから。相手も表ざたになっては一巻の終わりとばかり、必死で刀を抜いてた訳で。こりゃあ放っておいたらえらいことになんぞと、已なく飛び出してっての加勢と相成った。
「あの無鉄砲、何とかしてほしいぜ、まったく。」
 困ったもんだと言いながら、なのに、

  “ひどく嬉しそうなのはどうしてかしらね。”

 この藩の城主に仕えるロビンにしてみりゃ、微妙な相手でもあるお庭番のお兄さん。中央に対して特に後ろ暗いところのある藩でなし、今のところはこんな風に接している相手だが、油断は禁物だと、その動向を注意して見ていれば、あの跳ねっ返りの親分さんの猛烈な捕り物に、何かというと引っ張り回されているのが可笑しくて。非情ではあるが放っておけば、見なかったことにすればというよな場面だって多々あったのに。舌打ちしつつも飛び出してく彼が、何とも可愛いなとついつい見守ってる日々だったりし。

  「いっそ、正体を明かしちゃえば?」
  「そうはいかねぇ。」

 残念だったな、そうなりゃ都へ追い返せたのによと。どうやらロビンの身元くらいは、とうにお見通しらしきお庭番さんであるらしく。そんなまで優秀なのに、どうしてまた、あんな可愛くも他愛ない親分さんに、いいように振り回されているのやら。

  “退屈しないわねぇvv

 大人の余裕か、くすすと笑い、ますます楽しくなりそうねぇと。真珠色のお月様を見上げつつ、先々を思うお姉様だったりするのであった。



  〜Fine〜  07.1.11.〜1.21.

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    まこちん様 『麦ワラの親分さん設定で、ゾロルのお元気ドタバタ噺』

  *遅れて申し訳ありません。
   第二弾をTVで放映と聞いて、
   妙なところがダブらないかと一丁前に気になったもんで、
   筆も遅れたらしいです。
   こんなふざけたお話でもよろしかったでしょうか?
(泣笑)

ご感想などはこちらへvv**

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